結果発表 > 第2回 小さな今井大賞 * * * 「小さな今井大賞」は、文化振興と新人クリエイターの発掘を目的に令和2年に創設 。 第2回は、山陰を応援したいという想いを込め、 応募資格を「山陰在住者」としましたが、 予想を上回る多くのご応募をいただき、 まことにありがとうございます。 厳正なる審査の結果、下記のとおり受賞作品を選定いたしました。 この度、最終選考委員会で審査を行った結果、 大賞の他に優秀賞を選出することになりました。 大賞受賞者は作品の書籍化・電子書籍化と賞金10万円の贈呈、 優秀賞受賞者は作品が電子書籍化されます。 力作をご応募くださったみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。 INDEX ○ 《大賞》 ○ 《優秀賞》 ○ 最終候補作品 講評 ○ 審査員 《大 賞》 『Cafe & Bar Littératureへようこそ』 夢浮橋 講評 この作品は次のページをめくるのが楽しみになります。「です・ます」調で書かれた、やさしさあふれるファンタジーですが、それぞれに傷をもつ作中人物たちが不思議なお店によって癒されていく過程が、あざとさや押しつけがましさとは無縁の形で描かれているのが何よりです。四つのパートに分かれていますが、作中人物が微妙に交錯する設定も見事だと言えます。一方「文学」を素材としつつも、その選択や扱いに稚拙さも感じられます。前半に比べ後半が雑になってしまっているのも欠点でしょう。 ただ、すぐれた素質と能力を感じます。もっと「文学」を充電なさったら、素晴らしい作品が書けるかと思います。(審査員 武田 信明) 困った人だけが訪れることのできるカフェを舞台に、春夏秋冬4つの短編で構成されるファンタジー風の作品。「ですます」体の語り口が内容とマッチしていて、不思議で温かな雰囲気を作っています。出てくるメニューが美味しそうで、「琴子」という店の女の子も魅力的。4話はそれぞれ別々の話ですが、登場人物が少しずつ関連しているなど構成も工夫されています。前半、とくに夏の話はよくできていて面白く、ぐいぐい読ませました。反面、後半は失速感というか、魔法使いという点が前に出すぎて、都合よく話が進みすぎているように感じます。出てくるメニューと文学作品がそれほど関連していない点もやや残念ですが、巧みな語りができる作者のこれからに期待します。(審査員 松本 薫) 魔法使いが店主を務めるカフェを舞台にした4章のオムニバス形式で、1つ1つの話が読みやすく、文体も童話のような優しい作風と調和し、物語の不思議な空間にすんなりと引き込まれました。文学作品をモチーフにした喫茶メニューは、季節感も考えられていて実際に口にしてみたくなる描写でした。 各エピソードに繋がりを持たせるなどの構成も素敵で、もっと続編が読みたいと思える結末でした。(小さな今井大賞運営チーム) 《優秀賞》 『勧酒』 田井 斐子 講評 このような作品を「小説」と呼ぶのです。目を見張るような事件は起こりませんが、丹念な描写と抑制された三人称の語りによって、虚構世界を立ち上げることができています。それゆえ作中人物も鮮やかに虚構の中で生き始めるのです。読み進めながら作品空間が映像のように立ち上がっていく。実はそれが「小説」を読む最大の愉しみなのですが、それを味わうことができます。会話と描写のバランスも見事です。おそらく、これまで相当小説を読んでこられた方ではないかと推察します。ただ、作中人物がどの人物も「いい人」ばかりで、理想的すぎる人間関係が展開される点が気になります。(審査員 武田 信明) 「知秋」という一人の男性の死をめぐって、妻、友人、弟それぞれの喪失感と再生を描いています。端正な文章で、風景や心情の描写にはすぐれたものがあり、筆力の高さを感じます。昭和レトロな雰囲気を持ち、応募作の中でもっとも小説らしい作品でした。ただ生前の「知秋」の姿が描かれておらず、それぞれの喪失感にリアリティを感じられなかった点、登場人物がみな同じような「やさしくていい人」である点などは残念です。前半はおもに「弥宵」という妻の視点で書かれているので、「弥宵」が主人公かと思っていたのですが、後半になると友人の「磯村」と弟の「晴哉」に視点が移っていく点も、もう少し工夫が必要ではないかと思います。(審査員 松本 薫) 大切な人との死別によって抱いた大きな喪失感。残された人物がどのように向き合い、乗り越えていくのかという物語が、四人の主人公の視点から、タイトルになっている中国の詩人が読んだ漢詩『勧酒』を通して丁寧に描かれています。 登場人物の繊細な心情や情景の描写が詩的で美しい文章で表現されていて、どの人物にも共感しやすく、読後感も良く優しい作品です。(小さな今井大賞運営チーム) 最終候補作品 講評 『はんかい』大山四季 相当の筆力があり、長編を見事に展開できています。教師である主人公が直面する「いじめ」問題と、彼の家庭の事情が緊密に絡んでいく構成も無理を感じさせません。また作中人物も、それぞれが個性的に描き分けられています。しかしながら、それらはドラマや映画で見たことがあるような「ストーリー」であるとも言えます。「ストーリー」を重視したため、次々に事件は展開するが、逆にそれぞれの細部の書き込みに欠けてしまいました。(審査員 武田 信明) いじめによって自校の生徒が自殺した中学校長が主人公。主人公には、引きこもりを続けている息子があり、事件への対応と息子の存在が彼を追いつめていきます。大きな問題を二つ盛り込んでしまったことで、前半と後半が分かれてしまい、小説としての結構がつかなくなってしまったのは残念ですが、その意欲は評価したいです。後半4分の3を過ぎたあたりから一気に物語が動き出し、とくに主人公から「ネズミ」と呼ばれている息子の存在が光ります。「ネズミ」という人物の造形はピカ一だと思います。しかし前半があまりに説明的で退屈でした。(審査員 松本 薫) 主人公の引きこもりの息子を「ネズミ」に例えたキャラクター造形がとても上手く、物語終盤で、今までネズミと呼び疎んでいた息子を名前で呼び、親子として向き合う会話と心情の描写は見事でした。 「いじめ」と「引きこもりの息子」の2つを主軸にした作品ですが、テーマを1つに絞って深掘りした方が良かったのではという意見もありました。(小さな今井大賞運営チーム) *** 『紀元三世紀のタケシノウチ』沢堂 結 歴史小説を執筆される方には、敬服の念を抱いてしまいます。膨大な知識と、歴史を物語化する虚構力が必要となるからです。特に本作は、古代を舞台としており、作品を最後まで展開しうる筆力と、歴史に対する強い熱情を感じることができます。一方、せっかく古代を選びとったのであるなら、事件と会話だけで展開するだけでなく、その時代が彷彿と立ち上がってくるような虚構空間を現出させてほしかったと考えます。(審査員 武田 信明) 紀元三世紀の日向、大和、出雲を舞台にした古代ロマン。主人公は武内宿祢と思われ、作者の独自な古代史解釈にもとづくファンタジーかと思います。主人公「タケシノウチ」がヤマトを詐称する物部一族から離反して、鏡工房を作るあたりまでは面白く感じました。しかし後半は「タケシノウチ」から視点が離れ、しかもコロコロ変わるので、何の話か分からなくなってしまっています。文章は書ける方です。ただ、ほぼ説明と会話から成り立ち、風景や人物の心情をあまり感じ取ることのできない点が残念です。(審査員 松本 薫) セリフ回しが上手く、文章の雰囲気もある古代ロマンファンタジーです。 全体のシナリオはまとまっていますが、展開に緩急がなく人物描写が表面的で、特に主人公が掘り下げ不足な印象でした。 作中で提示されるテーマが未消化で、タイトルから内容が連想しづらく、古代史に詳しくないととっつきにくいため、作品の主題が分かる作品名にした方がいいと思いました。(小さな今井大賞運営チーム) *** 『愛(AI)先生の憂鬱』しかた わに 近未来を舞台としAIを搭載したアンドロイドロボット教師が登場する設定は、現代的で興味深いと言えます。「いじめ」「児童虐待」「管理教育」など教育問題も盛り込まれているのですが、それらを描き出すという趣旨が前面に出すぎたため、本作が「小説」であることが後退してしまっています。また深刻さだけでなく、軽妙さも取り入れようとする方向性も理解はできるものの、ここもかえって中途半端となってしまいました。(審査員 武田 信明) 近未来の小学校で、AIロボットの愛先生が教壇に立ち、一年間の授業や行事を通して成長(?)していく話。作者は教育にくわしい方のようで、教育への持論がちりばめられ、一つ一つのエピソードにはリアリティがあります。愛先生の能力や人柄(?)にも好感が持てます。しかしこれは小説ではなく、教育レポートのようなものだと感じました(教育レポートは大事ですが)。小説は、作者の持論に沿って、あるいは結論に向かって登場人物を動かすものではなく、人物が立ち上がって動き出すものだと思うからです。愛先生の体を使ったエロ場面はちょっと困ります。(審査員 松本 薫) 小学校を舞台にした近未来SF作品で、教育現場の実情が伝わってきました。 学校での様々なトラブルの対処を、AIによる忖度のない完璧な正論と、人間による人情味のある解決の仕方とで対比する構図はとても面白く読むことができました。 物語終盤の急展開と伏線回収は面白く想像の余地のあるラストでしたが、会話のみで説明的だったので、ハッキリと決着をつけてほしいと思いました。(小さな今井大賞運営チーム) *** 『猪麻呂の復讐』吉川 晴雄 たしかな筆力と、計算された構成によって書かれており、読み応えのある作品となっています。退職した新聞記者が、過去に起きた娘の事故死の真相と政治問題を追究していくという展開で、社会問題と個人的問題が深く関わるところに醍醐味があります。政治記者という職業にも興味が持てるのですが、本作も映画やドラマでよく見るような「既視感」におそわれてしまいます。またサスペンス部分と主人公が過去を懐古する部分がうまく嚙み合いませんでした。(審査員 武田 信明) 娘の事故死は、実は殺されたのではないかという疑念から、主人公の父親が有力政治家を追いつめていくストーリー。贈収賄を明らかにしていく過程は、広島選挙区の買収事件によく似ていますが、主人公が元新聞記者の手腕を発揮していて面白く感じました。ただ、娘がその政治家に殺害されたということがはっきりしないのは問題です。主人公の一方的な思い込みのようにも見えてしまいます。冒頭で、主人公のこれまでを自分史的に紹介することはやるべきではありません。これまでの人生をどうストーリーに織り込むかが、腕の見せどころです。(審査員 松本 薫) 神話・政治・ミステリーを絡めた展開は面白く、作者の経験が活かされていると感じました。 ストーリー進行は駆け足気味だったものの、登場人物とエピソードに無駄がなくシナリオ作りに工夫がされていて読みごたえのある作品でした。 中盤の盛り上がりが面白かっただけに、タイトルにもなっている復讐の手段が直接対決ではないことが不完全燃焼な印象でした。(小さな今井大賞運営チーム) 審査員 武田 信明(たけだ のぶあき) 島根大学法文学部教授 松本 薫(まつもと かおる) 小説家。NHK米子文化センター「小説・エッセイ講座」講師。 ご応募いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。 *募集要項や途中経過など、詳細は コチラ よりご確認いただけます。 2022年6月30日 BACK 〒683-0063 鳥取県米子市法勝寺町64 info@chiisanaimai.jp Tel.0859-21-2775 Fax.0859-21-2774 営業時間 10:00~18:00 お問い合わせ
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「小さな今井大賞」は、文化振興と新人クリエイターの発掘を目的に令和2年に創設 。
第2回は、山陰を応援したいという想いを込め、
応募資格を「山陰在住者」としましたが、 予想を上回る多くのご応募をいただき、
まことにありがとうございます。
厳正なる審査の結果、下記のとおり受賞作品を選定いたしました。
この度、最終選考委員会で審査を行った結果、
大賞の他に優秀賞を選出することになりました。
大賞受賞者は作品の書籍化・電子書籍化と賞金10万円の贈呈、
優秀賞受賞者は作品が電子書籍化されます。
力作をご応募くださったみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。
INDEX
○ 《大賞》
○ 《優秀賞》
○ 最終候補作品 講評
○ 審査員
《大 賞》
『Cafe & Bar Littératureへようこそ』 夢浮橋
講評
この作品は次のページをめくるのが楽しみになります。「です・ます」調で書かれた、やさしさあふれるファンタジーですが、それぞれに傷をもつ作中人物たちが不思議なお店によって癒されていく過程が、あざとさや押しつけがましさとは無縁の形で描かれているのが何よりです。四つのパートに分かれていますが、作中人物が微妙に交錯する設定も見事だと言えます。一方「文学」を素材としつつも、その選択や扱いに稚拙さも感じられます。前半に比べ後半が雑になってしまっているのも欠点でしょう。
ただ、すぐれた素質と能力を感じます。もっと「文学」を充電なさったら、素晴らしい作品が書けるかと思います。(審査員 武田 信明)
困った人だけが訪れることのできるカフェを舞台に、春夏秋冬4つの短編で構成されるファンタジー風の作品。「ですます」体の語り口が内容とマッチしていて、不思議で温かな雰囲気を作っています。出てくるメニューが美味しそうで、「琴子」という店の女の子も魅力的。4話はそれぞれ別々の話ですが、登場人物が少しずつ関連しているなど構成も工夫されています。前半、とくに夏の話はよくできていて面白く、ぐいぐい読ませました。反面、後半は失速感というか、魔法使いという点が前に出すぎて、都合よく話が進みすぎているように感じます。出てくるメニューと文学作品がそれほど関連していない点もやや残念ですが、巧みな語りができる作者のこれからに期待します。(審査員 松本 薫)
魔法使いが店主を務めるカフェを舞台にした4章のオムニバス形式で、1つ1つの話が読みやすく、文体も童話のような優しい作風と調和し、物語の不思議な空間にすんなりと引き込まれました。文学作品をモチーフにした喫茶メニューは、季節感も考えられていて実際に口にしてみたくなる描写でした。
各エピソードに繋がりを持たせるなどの構成も素敵で、もっと続編が読みたいと思える結末でした。(小さな今井大賞運営チーム)
《優秀賞》
『勧酒』 田井 斐子
講評
このような作品を「小説」と呼ぶのです。目を見張るような事件は起こりませんが、丹念な描写と抑制された三人称の語りによって、虚構世界を立ち上げることができています。それゆえ作中人物も鮮やかに虚構の中で生き始めるのです。読み進めながら作品空間が映像のように立ち上がっていく。実はそれが「小説」を読む最大の愉しみなのですが、それを味わうことができます。会話と描写のバランスも見事です。おそらく、これまで相当小説を読んでこられた方ではないかと推察します。ただ、作中人物がどの人物も「いい人」ばかりで、理想的すぎる人間関係が展開される点が気になります。(審査員 武田 信明)
「知秋」という一人の男性の死をめぐって、妻、友人、弟それぞれの喪失感と再生を描いています。端正な文章で、風景や心情の描写にはすぐれたものがあり、筆力の高さを感じます。昭和レトロな雰囲気を持ち、応募作の中でもっとも小説らしい作品でした。ただ生前の「知秋」の姿が描かれておらず、それぞれの喪失感にリアリティを感じられなかった点、登場人物がみな同じような「やさしくていい人」である点などは残念です。前半はおもに「弥宵」という妻の視点で書かれているので、「弥宵」が主人公かと思っていたのですが、後半になると友人の「磯村」と弟の「晴哉」に視点が移っていく点も、もう少し工夫が必要ではないかと思います。(審査員 松本 薫)
大切な人との死別によって抱いた大きな喪失感。残された人物がどのように向き合い、乗り越えていくのかという物語が、四人の主人公の視点から、タイトルになっている中国の詩人が読んだ漢詩『勧酒』を通して丁寧に描かれています。
登場人物の繊細な心情や情景の描写が詩的で美しい文章で表現されていて、どの人物にも共感しやすく、読後感も良く優しい作品です。(小さな今井大賞運営チーム)
最終候補作品 講評
『はんかい』大山四季
相当の筆力があり、長編を見事に展開できています。教師である主人公が直面する「いじめ」問題と、彼の家庭の事情が緊密に絡んでいく構成も無理を感じさせません。また作中人物も、それぞれが個性的に描き分けられています。しかしながら、それらはドラマや映画で見たことがあるような「ストーリー」であるとも言えます。「ストーリー」を重視したため、次々に事件は展開するが、逆にそれぞれの細部の書き込みに欠けてしまいました。(審査員 武田 信明)
いじめによって自校の生徒が自殺した中学校長が主人公。主人公には、引きこもりを続けている息子があり、事件への対応と息子の存在が彼を追いつめていきます。大きな問題を二つ盛り込んでしまったことで、前半と後半が分かれてしまい、小説としての結構がつかなくなってしまったのは残念ですが、その意欲は評価したいです。後半4分の3を過ぎたあたりから一気に物語が動き出し、とくに主人公から「ネズミ」と呼ばれている息子の存在が光ります。「ネズミ」という人物の造形はピカ一だと思います。しかし前半があまりに説明的で退屈でした。(審査員 松本 薫)
主人公の引きこもりの息子を「ネズミ」に例えたキャラクター造形がとても上手く、物語終盤で、今までネズミと呼び疎んでいた息子を名前で呼び、親子として向き合う会話と心情の描写は見事でした。
「いじめ」と「引きこもりの息子」の2つを主軸にした作品ですが、テーマを1つに絞って深掘りした方が良かったのではという意見もありました。(小さな今井大賞運営チーム)
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『紀元三世紀のタケシノウチ』沢堂 結
歴史小説を執筆される方には、敬服の念を抱いてしまいます。膨大な知識と、歴史を物語化する虚構力が必要となるからです。特に本作は、古代を舞台としており、作品を最後まで展開しうる筆力と、歴史に対する強い熱情を感じることができます。一方、せっかく古代を選びとったのであるなら、事件と会話だけで展開するだけでなく、その時代が彷彿と立ち上がってくるような虚構空間を現出させてほしかったと考えます。(審査員 武田 信明)
紀元三世紀の日向、大和、出雲を舞台にした古代ロマン。主人公は武内宿祢と思われ、作者の独自な古代史解釈にもとづくファンタジーかと思います。主人公「タケシノウチ」がヤマトを詐称する物部一族から離反して、鏡工房を作るあたりまでは面白く感じました。しかし後半は「タケシノウチ」から視点が離れ、しかもコロコロ変わるので、何の話か分からなくなってしまっています。文章は書ける方です。ただ、ほぼ説明と会話から成り立ち、風景や人物の心情をあまり感じ取ることのできない点が残念です。(審査員 松本 薫)
セリフ回しが上手く、文章の雰囲気もある古代ロマンファンタジーです。
全体のシナリオはまとまっていますが、展開に緩急がなく人物描写が表面的で、特に主人公が掘り下げ不足な印象でした。
作中で提示されるテーマが未消化で、タイトルから内容が連想しづらく、古代史に詳しくないととっつきにくいため、作品の主題が分かる作品名にした方がいいと思いました。(小さな今井大賞運営チーム)
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『愛(AI)先生の憂鬱』しかた わに
近未来を舞台としAIを搭載したアンドロイドロボット教師が登場する設定は、現代的で興味深いと言えます。「いじめ」「児童虐待」「管理教育」など教育問題も盛り込まれているのですが、それらを描き出すという趣旨が前面に出すぎたため、本作が「小説」であることが後退してしまっています。また深刻さだけでなく、軽妙さも取り入れようとする方向性も理解はできるものの、ここもかえって中途半端となってしまいました。(審査員 武田 信明)
近未来の小学校で、AIロボットの愛先生が教壇に立ち、一年間の授業や行事を通して成長(?)していく話。作者は教育にくわしい方のようで、教育への持論がちりばめられ、一つ一つのエピソードにはリアリティがあります。愛先生の能力や人柄(?)にも好感が持てます。しかしこれは小説ではなく、教育レポートのようなものだと感じました(教育レポートは大事ですが)。小説は、作者の持論に沿って、あるいは結論に向かって登場人物を動かすものではなく、人物が立ち上がって動き出すものだと思うからです。愛先生の体を使ったエロ場面はちょっと困ります。(審査員 松本 薫)
小学校を舞台にした近未来SF作品で、教育現場の実情が伝わってきました。
学校での様々なトラブルの対処を、AIによる忖度のない完璧な正論と、人間による人情味のある解決の仕方とで対比する構図はとても面白く読むことができました。
物語終盤の急展開と伏線回収は面白く想像の余地のあるラストでしたが、会話のみで説明的だったので、ハッキリと決着をつけてほしいと思いました。(小さな今井大賞運営チーム)
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『猪麻呂の復讐』吉川 晴雄
たしかな筆力と、計算された構成によって書かれており、読み応えのある作品となっています。退職した新聞記者が、過去に起きた娘の事故死の真相と政治問題を追究していくという展開で、社会問題と個人的問題が深く関わるところに醍醐味があります。政治記者という職業にも興味が持てるのですが、本作も映画やドラマでよく見るような「既視感」におそわれてしまいます。またサスペンス部分と主人公が過去を懐古する部分がうまく嚙み合いませんでした。(審査員 武田 信明)
娘の事故死は、実は殺されたのではないかという疑念から、主人公の父親が有力政治家を追いつめていくストーリー。贈収賄を明らかにしていく過程は、広島選挙区の買収事件によく似ていますが、主人公が元新聞記者の手腕を発揮していて面白く感じました。ただ、娘がその政治家に殺害されたということがはっきりしないのは問題です。主人公の一方的な思い込みのようにも見えてしまいます。冒頭で、主人公のこれまでを自分史的に紹介することはやるべきではありません。これまでの人生をどうストーリーに織り込むかが、腕の見せどころです。(審査員 松本 薫)
神話・政治・ミステリーを絡めた展開は面白く、作者の経験が活かされていると感じました。
ストーリー進行は駆け足気味だったものの、登場人物とエピソードに無駄がなくシナリオ作りに工夫がされていて読みごたえのある作品でした。
中盤の盛り上がりが面白かっただけに、タイトルにもなっている復讐の手段が直接対決ではないことが不完全燃焼な印象でした。(小さな今井大賞運営チーム)
審査員
武田 信明(たけだ のぶあき)
島根大学法文学部教授
松本 薫(まつもと かおる)
小説家。NHK米子文化センター「小説・エッセイ講座」講師。
ご応募いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。
*募集要項や途中経過など、詳細は コチラ よりご確認いただけます。