結果発表 > 第3回 小さな今井大賞 * * * 第3回小さな今井大賞は、応募資格を日本国内にお住まいの方とし、 鳥取県・島根県以外にお住まいの方には「山陰ゆかりの地域や文化を取り入れた作品」とテーマを設けました。 9月5日(火)に審査会を行い、厳正なる審査の結果、下記のとおり受賞作品を選定いたしました。 大賞受賞者は作品の書籍化と賞金10万円の贈呈、優秀賞受賞者は作品が電子書籍化されます。 力作をご応募くださったみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。 INDEX ○ 《受賞作品》 ○ 《最終候補作品》 ○ 《審査員 講評》 ○ 《審査員》 《受賞作品》 【大賞】 『迷い人たちのプラットフォーム』 ※『ストリーカー』から改題 たむら ふみえ 【優秀賞】 『お宅の幽霊、成仏させます! ―鳥取ハイブリッドADR事務所―』 魚崎 依知子 『茜色の湖』 のがみ なみ 《最終候補作品》 ※五十音順、敬称略 作品名 作者名 『茜色の湖』 のがみ なみ 『動くアートと猪鹿蝶』 草為 『お宅の幽霊、成仏させます! ―鳥取ハイブリッドADR事務所―』 魚崎 依知子 『化け物屋敷 クローク係』 矢島 浩三 『迷い人たちのプラットフォーム』 ※『ストリーカー』から改題 たむら ふみえ 『夕日と人々』 山根 三穂 《審査員 講評》 ※五十音順 鈴村 ふみ 『迷い人たちのプラットフォーム』 あらすじは特段目新しいものではありませんが、まとまっている作品だと思いました。女将や居酒屋の常連たちのキャラがいいし(私はうらちゃん推しです)、つかず離れずの距離感がとにかく絶妙。主人公を振り回した人たちを、根っからの悪人に仕立てていない点にも好感を持ちました。 ただ、店や料理の描写が少なすぎるのは非常に残念でした。店の匂いや明るさ、温度感などが伝わってこないため魅力が半減してしまっているし、どんな品を出しているかもほとんど書かれていないので、「主人公の料理が評判で繁盛店になった」という展開にも、説得力がありませんでした。料理と人情がウリの店を描くならば、「行ってみたい」「美味しそう」などと思わせてほしかったです。 『お宅の幽霊、成仏させます! ―鳥取ハイブリッドADR事務所―』 最初の一、二ページを読んで、筆力のある方だと確信しました。選考会でも話題に上ったのですが、とにかく文章がいい。歯切れがよくてコミカルで、「早く先が読みたい」と思わせてくれます。主人公がいい子すぎるきらいもありますが、幽霊であっても真摯に寄り添う姿は素直に応援したくなるし、依頼の解決方法をご都合主義的展開に頼りすぎていない点も高く評価しました。 一風変わったお仕事小説としての読みごたえはあるのですが、注文をつけるとしたら、恋愛が絡むパートはあまりにもったいなかったです。いくら小さくて緩い事務所とはいえ、みんな他人のプライベートに首を突っ込みすぎですし(今の時代、問題になるのでは?)、ヒロインと同僚の関係も、ベタな印象が拭いきれませんでした。 鳥取県の名所や名産が数多く登場しますが、あくまでもガイドブック的な紹介にとどまっていて、ストーリー上の展開とうまく噛み合っていなかった点も残念でした。 『茜色の湖』 一番褒めるべきは心理、風景ともに描写が実に丁寧なこと。人物や設定をきちんと使いこなしていて、無駄な文章がほとんどありませんでした。歴史小説にあまり親しんでもいなければ、(恥ずかしながら)治郷のことも知らなかったのですが、楽しく安心して読むことができました。 ただ、何度か回想シーンが唐突に挟み込まれるため、「これはいつの話だろう」と困惑することもありました。また、子が無事育つ確率が低かったことを「この時代はこうでした」と説明している点も引っかかりました。それまでヒロインたちの姿を丹念に追っていたのが、ここだけ急に「現代にいる語り手」にカメラが向けられているので、読者によっては興ざめしかねません。ほか、災いをすべて茶碗に押し付けていたり、最後の展開がやや強引だったりと、再考してほしい箇所もいくつかありました。 とはいえ、時制や語りは重箱の隅をつつくレベルの瑕疵。何より、『迷い人たちのプラットフォーム』『お宅の幽霊―』とともに、自分の書きたいものを描き出そうとする気概を感じられた作品でした。 『化け物屋敷 クローク係』 ホラーかミステリーかと思わせておいて、実は「心の傷を癒すこと」がテーマの物語でした、という挑戦的な構成にした点は評価したいです。ただ、仕掛けにこだわるあまり、全体を俯瞰できていないような印象を受けました。 例えば、化け物屋敷に集まる人々はみな「目には見えない傷」を負っているという設定ですが、それが台詞や地の文で説明されているだけなので、終盤で苦しみが癒える様子が描かれていても、あまり感動はできませんでした。クローク係という謎の存在についても、ほぼ伝聞と推測のみで語られているため、「なりたいと思ったら誰でも簡単になれるのか」という疑問が残りました。 主人公のバイト仲間がクローク係に執心する理由にも納得できず、結果、最後の展開も唐突すぎるように感じました。 『動くアートと猪鹿蝶』 「美術品が意思を持って動き、専門の職員にさまざまな要件を言いつける」という設定が、まずユニーク。候補作の中で唯一無二の存在感を放っていましたし、「美術品にとっての幸せとは何か」という問いが発生する場面までは面白く読みました。 ただ、結局何を描きたいのかよくわからなかったというのが正直な印象です。先の問いを掘り下げるのであればもうひと波乱ぐらいあってもよかったし、最後まで主人公に主体性がなく、成長をあまり感じられなかったため、お仕事小説としても物足りませんでした。 登場人物たちの置かれた状況を「翌日、どこどこにて」と安易な説明で済ませるなど、文章の粗さも気になりました。 『夕日と人々』 この作品の美点は、何といっても文章がこなれていることでしょう。一人暮らしの高齢女性が抱える孤独感にはぞっとさせられたし、夢を諦めることを「透明の屍を乗り越えて行く」など、オリジナリティの光る表現もある。それだけに、もったいない点がいくつも散見されました。 特に気になったのは、各話の結末があまりにもあっさりしていること。「傷や悩みを抱えた主人公が宍道湖の夕日に癒され、たまたまその場に居合わせた人から教訓めいた言葉を授かって前向きになる」というオチが三話も続くので飽き飽きしましたし、その後の行動こそ、もっとじっくり書くべきでは。 登場人物の心情や、各々が下す決断にもいまいち納得しきれませんでした。「受験勉強のために部活をやめる」と台詞や地の文で説明するだけでなく、遠征中に英単語帳を熟読していたなど、具体的な情報を提示するだけでも説得力は違ってくるはずです。 鳥取・島根以外にお住まいの方なので、「山陰の何かを物語中に盛り込む」という規定がありましたが、最終話以外は島根という舞台設定を活かしきれていませんでした。同じ湖でも、琵琶湖だって美しい夕日は見えますし、前述の通り登場人物たちはあくまでも都合よく遭遇しているので、「縁」もあまり感じませんでした。たらればの話で恐縮ですが、テーマが自由だったら、もっとこの方の良さが出た作品になったのかもな、と残念に思いました。 武田 信明 最終候補として残った6作品は、いずれも力作であり、読み応えのある作品ばかりでした。さらに、それぞれの作品の個性がきわだっており、全く異なる形式、スタイルであり、それらの中から大賞を決定するのは至難の業でありました。しかしながら、私は以下の3作品を大賞候補として推すことにしました。 大賞を受賞した『迷い人たちのプラットフォーム』は、会話と地の文のバランスも良く、主人公だけでなく周囲の作中人物も個性的に書かれており、安定した筆力があります。冒頭の、拾った豆で豆ごはんを作るエピソードは秀逸であり、また居酒屋「えんま」と菓子屋「うさぎ屋」の二つの暖簾の使い方も素晴らしいと思われます。事件や会話だけで小説を展開するのではなく、リアリティのある細部が作品を支えており、「小説」を読むことの愉しみを味わえた作品でした。 『お宅の幽霊、成仏させます!』は、とにかく展開が面白く、頁をめくるのが楽しい作品でした。幽霊や、霊視能力という今どき流行りの題材に目がいくかもしれませんが、実は、本作は「会話」の精度が高く、描写力も十分うかがえます。それらは言い換えるなら、その素材となる小説言語に力があるということに他なりません。語彙力、言葉の選択能力などに見るべきものがあるということでしょう。コミカルな作品でありながら、霊が見えてしまう主人公揺枝の屈託もきっちり書けているところもいいです。ただ本作の特長が、アニメやテレビドラマに似てしまっている点が気になりました。 『化け物屋敷 クローク係』は、1頁に文字がびっしり書き込まれており、会話も少ない、という一見顕著な特徴があります。私は「黒い小説」と呼ぶのですが、これは良い小説の典型でもあります。本作も一人称の語りが濃密に展開され、面白かったです。特に古い自動車をレストアする少女、青年が読むポンプの書物の話、これらのくだりはきわめて秀逸でした。一方、これだけの筆力で書かれながら、設定の点で「詰めの甘い」ものが散見し、それらが作品の傷となっています。一人称主体である「僕」の弱い側面が作品で設定されているほど充分描かれていない点です。またタイトルにもなっている「クローク係」の女性も、理解しづらい点がいくつかありました。 松本 薫 候補に残った6作はいずれも面白く、作者の力量を感じるものばかりでした。私は3回目の審査になりますが、全体として作品の質が上がっているという印象を持ちました。 大賞になった『迷い人たちのプラットフォーム』は、主人公の女性が70歳で、年金だけでは生活できず、パートをかけもちしているという設定がまずいいと思いました。冒頭の、トラックから落ちたエンドウ豆を拾ってご飯を炊くシーンは秀逸です。主人公の周りにいる女性たちも満たされない人生を送っており、捨て鉢になる気持ちと、それでも頑張ろうとする思いが交錯し葛藤する前半は、緊張感があります。 しかし後半「えんま」という居酒屋に落ち着いてからは、主人公が一転して前向きになり、さしたる葛藤もなくハッピーエンドになる展開は、やや拍子抜けの感がありました。舞台は赤羽ですが、風景描写があまりなく、町の様子が伝わってこないのも残念です。 優秀賞の『お宅の幽霊、成仏させます!』は、物語の作り方が巧みで、登場人物のキャラクターが上手く作られており、引き込まれて読みました。霊が見えるとか、霊を上げるとか、アニメの話っぽくて個人的には苦手なのですが、この作品は主人公が背負った問題が軸になっており、歴史への目くばせもあったりして、配慮が行き届いています。文章が上手で、描写力があります。会話も上手い。 ただ、話の進め方が予定調和的で、こうなるだろうと思うとおりに進んでいくのが、ちょっと物足りないなと思いました。 同じく優秀賞の『茜色の湖』は、松平治郷の正室・より子の一代記ふう歴史小説。読ませる文章で、描写力も強く惹かれるものがありました。しかし、作者が何を描こうとしたのかを、私はうまく読み取ることができませんでした。審査会では、作中に流れる時間の長さを考えると、この三倍くらいの分量が必要ではないか、という意見が出ましたが、軸になる出来事をしっかりさせるとよかったのではと思います。 『化け物屋敷クローク係』 とても面白い反面、傷もあって、審査会でも議論になった作品でした。心に傷を抱えた人を迎え入れる「明日ラボ」という設定、レストアの描写、主人公が料理を作る場面など、光るところがいくつもあります。私が物足りなく感じたのは、主人公がそれほどの心の傷を負っているように見えないこと、クローク係の女性が最後までよくわからないこと、一人称なのに、主人公の見ていない場面が克明に描かれていることなどでした。筆力のある方なので、これからに期待したいです。 『動くアートと猪鹿蝶』 絵画が動き、ワガママを言ったり問題を起こしたりするというアイデアはとても面白く、冒頭からしばらくは、これからどうなるんだろうとワクワクして読みました。独特の世界観を描ける方だと思います。中盤以降、話が散らかってしまったのが残念でした。会話が多く、会話でストーリーを進めようとしている感じがありますが、小説はやはり地の文で勝負してほしいです。 『夕日と人々』 宍道湖の夕景をバックにした連作短編オムニバス。文章がなめらかで読みやすく、好感のもてる話が揃っていて、6作中いちばん傷の少ない作品なのではないかと思います。しかし、傷が少ない分、作品としてはやや弱い。薄味のきれいな料理が並んでいる印象でした。3話目にいちばんリアリティーが感じられたのは、もしかして作者に近いからでしょうか。 ほかの作品にも言えることですが、タイトルは重要です。頭をひねって、ぜひ作品にふさわしいタイトルを付けてください。 《審査員》 鈴村 ふみ(すずむら ふみ) 小説家。2020年小説すばる新人賞受賞。 武田 信明(たけだ のぶあき) 島根大学法文学部教授 松本 薫(まつもと かおる) 小説家。『日南X』『TATARA』ほか。 ご応募いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。 *募集要項や途中経過など、詳細は コチラ よりご確認いただけます。 過去の小さな今井大賞の受賞作品はコチラ 第2回小さな今井大賞 第1回小さな今井大賞 2023年9月25日 BACK 〒683-0063 鳥取県米子市法勝寺町64 info@chiisanaimai.jp Tel.0859-21-2775 Fax.0859-21-2774 営業時間 10:00~18:00 お問い合わせ
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第3回小さな今井大賞は、応募資格を日本国内にお住まいの方とし、
鳥取県・島根県以外にお住まいの方には「山陰ゆかりの地域や文化を取り入れた作品」とテーマを設けました。
9月5日(火)に審査会を行い、厳正なる審査の結果、下記のとおり受賞作品を選定いたしました。
大賞受賞者は作品の書籍化と賞金10万円の贈呈、優秀賞受賞者は作品が電子書籍化されます。
力作をご応募くださったみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。
INDEX
○ 《受賞作品》
○ 《最終候補作品》
○ 《審査員 講評》
○ 《審査員》
《受賞作品》
【大賞】
『迷い人たちのプラットフォーム』
※『ストリーカー』から改題
たむら ふみえ
【優秀賞】
『お宅の幽霊、成仏させます! ―鳥取ハイブリッドADR事務所―』
魚崎 依知子
『茜色の湖』
のがみ なみ
《最終候補作品》
※五十音順、敬称略
※『ストリーカー』から改題
《審査員 講評》
※五十音順
鈴村 ふみ
『迷い人たちのプラットフォーム』
あらすじは特段目新しいものではありませんが、まとまっている作品だと思いました。女将や居酒屋の常連たちのキャラがいいし(私はうらちゃん推しです)、つかず離れずの距離感がとにかく絶妙。主人公を振り回した人たちを、根っからの悪人に仕立てていない点にも好感を持ちました。
ただ、店や料理の描写が少なすぎるのは非常に残念でした。店の匂いや明るさ、温度感などが伝わってこないため魅力が半減してしまっているし、どんな品を出しているかもほとんど書かれていないので、「主人公の料理が評判で繁盛店になった」という展開にも、説得力がありませんでした。料理と人情がウリの店を描くならば、「行ってみたい」「美味しそう」などと思わせてほしかったです。
『お宅の幽霊、成仏させます! ―鳥取ハイブリッドADR事務所―』
最初の一、二ページを読んで、筆力のある方だと確信しました。選考会でも話題に上ったのですが、とにかく文章がいい。歯切れがよくてコミカルで、「早く先が読みたい」と思わせてくれます。主人公がいい子すぎるきらいもありますが、幽霊であっても真摯に寄り添う姿は素直に応援したくなるし、依頼の解決方法をご都合主義的展開に頼りすぎていない点も高く評価しました。
一風変わったお仕事小説としての読みごたえはあるのですが、注文をつけるとしたら、恋愛が絡むパートはあまりにもったいなかったです。いくら小さくて緩い事務所とはいえ、みんな他人のプライベートに首を突っ込みすぎですし(今の時代、問題になるのでは?)、ヒロインと同僚の関係も、ベタな印象が拭いきれませんでした。
鳥取県の名所や名産が数多く登場しますが、あくまでもガイドブック的な紹介にとどまっていて、ストーリー上の展開とうまく噛み合っていなかった点も残念でした。
『茜色の湖』
一番褒めるべきは心理、風景ともに描写が実に丁寧なこと。人物や設定をきちんと使いこなしていて、無駄な文章がほとんどありませんでした。歴史小説にあまり親しんでもいなければ、(恥ずかしながら)治郷のことも知らなかったのですが、楽しく安心して読むことができました。
ただ、何度か回想シーンが唐突に挟み込まれるため、「これはいつの話だろう」と困惑することもありました。また、子が無事育つ確率が低かったことを「この時代はこうでした」と説明している点も引っかかりました。それまでヒロインたちの姿を丹念に追っていたのが、ここだけ急に「現代にいる語り手」にカメラが向けられているので、読者によっては興ざめしかねません。ほか、災いをすべて茶碗に押し付けていたり、最後の展開がやや強引だったりと、再考してほしい箇所もいくつかありました。
とはいえ、時制や語りは重箱の隅をつつくレベルの瑕疵。何より、『迷い人たちのプラットフォーム』『お宅の幽霊―』とともに、自分の書きたいものを描き出そうとする気概を感じられた作品でした。
『化け物屋敷 クローク係』
ホラーかミステリーかと思わせておいて、実は「心の傷を癒すこと」がテーマの物語でした、という挑戦的な構成にした点は評価したいです。ただ、仕掛けにこだわるあまり、全体を俯瞰できていないような印象を受けました。
例えば、化け物屋敷に集まる人々はみな「目には見えない傷」を負っているという設定ですが、それが台詞や地の文で説明されているだけなので、終盤で苦しみが癒える様子が描かれていても、あまり感動はできませんでした。クローク係という謎の存在についても、ほぼ伝聞と推測のみで語られているため、「なりたいと思ったら誰でも簡単になれるのか」という疑問が残りました。
主人公のバイト仲間がクローク係に執心する理由にも納得できず、結果、最後の展開も唐突すぎるように感じました。
『動くアートと猪鹿蝶』
「美術品が意思を持って動き、専門の職員にさまざまな要件を言いつける」という設定が、まずユニーク。候補作の中で唯一無二の存在感を放っていましたし、「美術品にとっての幸せとは何か」という問いが発生する場面までは面白く読みました。
ただ、結局何を描きたいのかよくわからなかったというのが正直な印象です。先の問いを掘り下げるのであればもうひと波乱ぐらいあってもよかったし、最後まで主人公に主体性がなく、成長をあまり感じられなかったため、お仕事小説としても物足りませんでした。
登場人物たちの置かれた状況を「翌日、どこどこにて」と安易な説明で済ませるなど、文章の粗さも気になりました。
『夕日と人々』
この作品の美点は、何といっても文章がこなれていることでしょう。一人暮らしの高齢女性が抱える孤独感にはぞっとさせられたし、夢を諦めることを「透明の屍を乗り越えて行く」など、オリジナリティの光る表現もある。それだけに、もったいない点がいくつも散見されました。
特に気になったのは、各話の結末があまりにもあっさりしていること。「傷や悩みを抱えた主人公が宍道湖の夕日に癒され、たまたまその場に居合わせた人から教訓めいた言葉を授かって前向きになる」というオチが三話も続くので飽き飽きしましたし、その後の行動こそ、もっとじっくり書くべきでは。
登場人物の心情や、各々が下す決断にもいまいち納得しきれませんでした。「受験勉強のために部活をやめる」と台詞や地の文で説明するだけでなく、遠征中に英単語帳を熟読していたなど、具体的な情報を提示するだけでも説得力は違ってくるはずです。
鳥取・島根以外にお住まいの方なので、「山陰の何かを物語中に盛り込む」という規定がありましたが、最終話以外は島根という舞台設定を活かしきれていませんでした。同じ湖でも、琵琶湖だって美しい夕日は見えますし、前述の通り登場人物たちはあくまでも都合よく遭遇しているので、「縁」もあまり感じませんでした。たらればの話で恐縮ですが、テーマが自由だったら、もっとこの方の良さが出た作品になったのかもな、と残念に思いました。
武田 信明
最終候補として残った6作品は、いずれも力作であり、読み応えのある作品ばかりでした。さらに、それぞれの作品の個性がきわだっており、全く異なる形式、スタイルであり、それらの中から大賞を決定するのは至難の業でありました。しかしながら、私は以下の3作品を大賞候補として推すことにしました。
大賞を受賞した『迷い人たちのプラットフォーム』は、会話と地の文のバランスも良く、主人公だけでなく周囲の作中人物も個性的に書かれており、安定した筆力があります。冒頭の、拾った豆で豆ごはんを作るエピソードは秀逸であり、また居酒屋「えんま」と菓子屋「うさぎ屋」の二つの暖簾の使い方も素晴らしいと思われます。事件や会話だけで小説を展開するのではなく、リアリティのある細部が作品を支えており、「小説」を読むことの愉しみを味わえた作品でした。
『お宅の幽霊、成仏させます!』は、とにかく展開が面白く、頁をめくるのが楽しい作品でした。幽霊や、霊視能力という今どき流行りの題材に目がいくかもしれませんが、実は、本作は「会話」の精度が高く、描写力も十分うかがえます。それらは言い換えるなら、その素材となる小説言語に力があるということに他なりません。語彙力、言葉の選択能力などに見るべきものがあるということでしょう。コミカルな作品でありながら、霊が見えてしまう主人公揺枝の屈託もきっちり書けているところもいいです。ただ本作の特長が、アニメやテレビドラマに似てしまっている点が気になりました。
『化け物屋敷 クローク係』は、1頁に文字がびっしり書き込まれており、会話も少ない、という一見顕著な特徴があります。私は「黒い小説」と呼ぶのですが、これは良い小説の典型でもあります。本作も一人称の語りが濃密に展開され、面白かったです。特に古い自動車をレストアする少女、青年が読むポンプの書物の話、これらのくだりはきわめて秀逸でした。一方、これだけの筆力で書かれながら、設定の点で「詰めの甘い」ものが散見し、それらが作品の傷となっています。一人称主体である「僕」の弱い側面が作品で設定されているほど充分描かれていない点です。またタイトルにもなっている「クローク係」の女性も、理解しづらい点がいくつかありました。
松本 薫
候補に残った6作はいずれも面白く、作者の力量を感じるものばかりでした。私は3回目の審査になりますが、全体として作品の質が上がっているという印象を持ちました。
大賞になった『迷い人たちのプラットフォーム』は、主人公の女性が70歳で、年金だけでは生活できず、パートをかけもちしているという設定がまずいいと思いました。冒頭の、トラックから落ちたエンドウ豆を拾ってご飯を炊くシーンは秀逸です。主人公の周りにいる女性たちも満たされない人生を送っており、捨て鉢になる気持ちと、それでも頑張ろうとする思いが交錯し葛藤する前半は、緊張感があります。
しかし後半「えんま」という居酒屋に落ち着いてからは、主人公が一転して前向きになり、さしたる葛藤もなくハッピーエンドになる展開は、やや拍子抜けの感がありました。舞台は赤羽ですが、風景描写があまりなく、町の様子が伝わってこないのも残念です。
優秀賞の『お宅の幽霊、成仏させます!』は、物語の作り方が巧みで、登場人物のキャラクターが上手く作られており、引き込まれて読みました。霊が見えるとか、霊を上げるとか、アニメの話っぽくて個人的には苦手なのですが、この作品は主人公が背負った問題が軸になっており、歴史への目くばせもあったりして、配慮が行き届いています。文章が上手で、描写力があります。会話も上手い。
ただ、話の進め方が予定調和的で、こうなるだろうと思うとおりに進んでいくのが、ちょっと物足りないなと思いました。
同じく優秀賞の『茜色の湖』は、松平治郷の正室・より子の一代記ふう歴史小説。読ませる文章で、描写力も強く惹かれるものがありました。しかし、作者が何を描こうとしたのかを、私はうまく読み取ることができませんでした。審査会では、作中に流れる時間の長さを考えると、この三倍くらいの分量が必要ではないか、という意見が出ましたが、軸になる出来事をしっかりさせるとよかったのではと思います。
『化け物屋敷クローク係』
とても面白い反面、傷もあって、審査会でも議論になった作品でした。心に傷を抱えた人を迎え入れる「明日ラボ」という設定、レストアの描写、主人公が料理を作る場面など、光るところがいくつもあります。私が物足りなく感じたのは、主人公がそれほどの心の傷を負っているように見えないこと、クローク係の女性が最後までよくわからないこと、一人称なのに、主人公の見ていない場面が克明に描かれていることなどでした。筆力のある方なので、これからに期待したいです。
『動くアートと猪鹿蝶』
絵画が動き、ワガママを言ったり問題を起こしたりするというアイデアはとても面白く、冒頭からしばらくは、これからどうなるんだろうとワクワクして読みました。独特の世界観を描ける方だと思います。中盤以降、話が散らかってしまったのが残念でした。会話が多く、会話でストーリーを進めようとしている感じがありますが、小説はやはり地の文で勝負してほしいです。
『夕日と人々』
宍道湖の夕景をバックにした連作短編オムニバス。文章がなめらかで読みやすく、好感のもてる話が揃っていて、6作中いちばん傷の少ない作品なのではないかと思います。しかし、傷が少ない分、作品としてはやや弱い。薄味のきれいな料理が並んでいる印象でした。3話目にいちばんリアリティーが感じられたのは、もしかして作者に近いからでしょうか。
ほかの作品にも言えることですが、タイトルは重要です。頭をひねって、ぜひ作品にふさわしいタイトルを付けてください。
《審査員》
鈴村 ふみ(すずむら ふみ)
小説家。2020年小説すばる新人賞受賞。
武田 信明(たけだ のぶあき)
島根大学法文学部教授
松本 薫(まつもと かおる)
小説家。『日南X』『TATARA』ほか。
ご応募いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。
*募集要項や途中経過など、詳細は コチラ よりご確認いただけます。
過去の小さな今井大賞の受賞作品はコチラ