結果発表 > 第4回 小さな今井大賞 * * * 第4回小さな今井大賞は、応募資格を日本国内にお住まいの方とし、 鳥取県・島根県以外にお住まいの方には「山陰ゆかりの地域や文化を取り入れた作品」とテーマを設けました。 9月3日(火)に審査会を行い、厳正なる審査の結果、下記のとおり受賞作品を選定いたしました。 大賞受賞者は作品の書籍化、電子書籍化と賞金10万円の贈呈、優秀賞受賞者は作品のオンデマンド書籍化、電子書籍化されます。 力作をご応募くださったみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。 INDEX ○ 《受賞作品》 ○ 《最終候補作品》 ○ 《審査員 講評》 ○ 《審査員》 《受賞作品》 【大賞】 『秋休み』 福本 肇 【あらすじ】 これは僕らの「ひと秋」の物語。ある晩、⽬を覚ました⼤学⽣の僕。突然、過去の記憶がフラッシュバックする。それは、⾼校三年⽣の秋休みに、友⼈三⼈で⿃取砂丘に⾏った⽇のこと。⿃取砂丘に⾏って帰る。その何気ない⼩旅⾏から、三⼈は「これからをどう⽣きるか」を考えだす――。(応募時の作品概要から抜粋) 【優秀賞】 『北の石の座 南の森』 矢島 浩三 【あらすじ】 ⽗の急逝を受け果実酒⼯場とレストランの経営、⼭々の管理を継ぐことになった「私」は、ある⽇⼩⿅から謎の⾔葉をかけられる。その⾔葉に導かれるように、何もないと思っていた「私」の⼈⽣が少しずつ変わり始めていく。過去と現在、うつろいとうつつ、聖域と俗世間との間で、奇跡のようなひと⽉をめぐるシーク・アンド・ファインドの物語。(応募時の作品概要から抜粋) 《最終候補作品》 ※五十音順、敬称略 作品名 作者名 『秋休み』 福本 肇 『北の石の座 南の森』 矢島 浩三 『玉手箱の暗号』 さかうえ さら 『落葉樹』 海崎 じゅごん 『私、最初からわかってましたよ』 松本 リョウタ 《審査員 講評》 ※五十音順 鈴村 ふみ 『秋休み』 大仰な表現や馬鹿げた会話が続くので、最初は正直、困惑してしまいました。ですがこれは、“高校三年生という濃密で限られた時間を、当時のままの鮮度で記録していく作品”なのだと気づいてからは、この「中二病」ならぬ「高三病」とも言うべき回りくどさに、唯一無二の輝きと重みが宿ってみえました。 物語の設定上、人が亡くなるような物語も少なくないのですが、「死」を単なるスイッチとして扱わず、最後まで「どう生きるか」を描いていた点にも誠実さを感じたので、大賞に推しました。 それでもなお、冗長なのは否めなかったり、砂丘で青年と出会ったエピソードがあまり生きていなかったりと、気になる点もいくつかありました。 『北の石の座 南の森』 物語を構築しようという意思が明確に感じられて、五作中もっとも安定感のある作品でした。特に冒頭、小鹿から啓示を受ける場面は、「これからどう展開するのだろう」とわくわくしました。 が、期待が大きかった分、後半はどうしても粗さが目につきました。(意図的にそうしたのかもしれませんが)主人公があまりにも他力本願的すぎるし、終盤の展開もかなり無理があるように感じました。工場建設の話をもっと早い段階で出して、「私」の行動や心情の変化を細やかに描いていたら、あのラストにも多少、説得力を持たせられたのではないかと思います。 とはいえ注文が増えてしまうのも、二年連続で候補になるほどの実力があるからこそ。昨年はやや過剰だった風景描写が、ちょうどよい塩梅になっていた点も評価したいです。 『落葉樹』 「家を相続するためしぶしぶ田舎に越してきた主人公が、周りの人々との交流を通じて、その土地への愛着を深めていく」というあらすじは、ありがちと言えばありがちなのですが、だからこそ安心して読める、ほのぼのとしたお話でした。ただ、地の文が終始説明的で、小説というよりシナリオっぽくなっていたのが残念でした。 また、発達障害の扱いも軽く、そうした問題に敏感であるはずの先生が「この子には障害がある」と、簡単に言ってしまうことにも違和感を覚えました。 『玉手箱の暗号』 邪馬台国の謎を絡めたミステリーという試みは面白いのですが、解説部分(しかもそれがほぼ会話だけで済まされる)が長すぎて、小説そのものがおろそかになっていた点が、非常にもったいなかったです。 「コテコテの関西弁を話し、教祖のように振る舞う女子高生」というヒロインの造形には光るものがあったので、どんな物語を見せたいかを今一度、整理してほしいと思います。 『私、最初からわかってましたよ』 設定に既視感はあるものの、文章のテンポがよく、予想を次々と裏切る展開が小気味よい。エンタメとして、一定の水準を満たしている作品だと思います。 ただ、各話がぶつ切りで進んでいくので、まるで何巻も続くシリーズものを歯抜けで読んでいるかのような印象を受けました。過激な場面や表現も多く、強く推すことはできなかったのですが、これだけのインパクトを残せるのは大きな武器なので、ぜひ今後も書き続けてください。 武田 信明 『秋休み』 小説にとって最も基本であり最も重要な要素であるのは「文章」なのですが、本作の書き手は水準以上の文章力を有しており、それによって作品を安心して最後まで読み進めることができました。高校生3人の小旅行という、たいした事件も起こらない展開が最後まで持続できているのも、文章力の賜物であると類推できます。また3人の会話も見事に書けています。良質のロードムービーを見ているような感がありますが、そのような作品を書くのは難しいのです。見事です。 一方で、その文章力の高さゆえに、時折文章の密度が濃くなってしまう部分が散見され、かえって作品を損ねることになっています。冒頭部などがそれですが、一人称主体の内面描写において顕著となります。そのような箇所は「文学」もしくは「小説」が意識されすぎているのだろうと思います。また本作は、かつての旅行を回想するという設定なのですが、現在時はいつで、その時過去を回想する主体はどうなのかが気になりました。 『北の石の座 南の森』 この作品も、何より文章がしっかりしており、さらにその文体が作品内容と合致している点が素晴らしいでしょう。また本作は、森という空間が眼目なのですが、その空間設定が面白く、併せて、描写力があるので、空間が充分描写されている点もよろしい。そして何より、途中で導入される「馬」のエピソードが秀逸です。個人的にはこのような逸話が書けたということだけで賞に値すると考えます。 最大の欠点は、SNSによって森が守られることになったという結末です。おそらく物語には「ストーリー」があり、明確な「結末」がなければならないという意識があるのでしょう。それは間違いではないですが、それを意識しすぎているのでないかと類推されます。一定の文章力を持ち、秀逸な断片を書く感性を持ち合わせいるのですから、あらためて構成に関する意識を再考されてみたらいかがでしょうか。 松本 薫 『秋休み』 高校3年の「秋休み」に同級生3人で鳥取砂丘へ行った思い出が、文学作品のさわりや、「どう生きるか」「なぜ勉強するのか」といったことについての思念を交えながら語られます。文章が上手で読みやすく、抒情性と適度なユーモアがあります。旅行中にこれといったことは起きませんが、多感な時期を生きる主人公たちの姿が鳥取砂丘の情景と重なって、瑞々しい青春小説になっていると思います。廃工場探検の記憶や、鳥取砂丘の描写はすぐれていました。 ただ冒頭の内面描写は、必要以上に濃密かつ「文学」的で、本編との対応がうまくいっていないように感じます。また、語りの現在時がいつなのかはっきりせず、主人公の「会いたい人」が誰なのかも今一つはっきりしないのはモヤモヤが残ります。 『北の石の座 南の森』 主人公の「私」は、急逝した父から受け継いだ果実酒酒造場とレストランを経営していく中で、先祖伝来の土地にまつわる秘密を知って愛着を強くしていきます。奥出雲の架空の場所が舞台となっているようですが、土地の描写がよく、土壌の話や松江藩の軍馬育成に関するエピソードは面白いと思いました。改行の少ないのが特徴ですが、こなれた文章で読む者を惹きつける力を持っています。 しかし、物語の後半で水工場建設問題がぽっと出てきて、それがSNSによって解決するというのは安直と言わざるを得ません。冒頭の小鹿が喋るのは、ファンタジーの仕掛けとして生きていると思いますが、カラスや杉の大木までもが喋り出すのは、かえって物語の世界観を損ねているのではと感じました。 『玉手箱の暗号』 考古学研究所の所長が何者かに襲われ、目撃者であった女子高校生が新聞記者とともに謎を追います。邪馬台国はフィリピンであったという説は、文献に沿った謎解きがスリリングで面白く読みました。主人公の女子高校生が魅力的なキャラクターで、ラストの犯人との対決シーンは読み応えがありました。「興梠」という学者もユニークでよかったです。 ただ参考文献に上げられているように、「邪馬台国フィリピン説」にはネタ本があり、この作品はそれに頼り過ぎていると思いました。また地の文が極端に少なく、会話で構成されている点も、小説としては割り引かざるを得ません。小説の魅力は、まず地の文章にあります。 『落葉樹』 寂れた温泉町に移り住んできた主人公の女性が、嫌いだった古家に愛着を感じ、この町に住み続けようと決心するまでが書かれています。石が好きな少年との出会い、教員採用試験へのチャレンジ、夏祭りや台風など、季節の移ろいとともに主人公の気持ちが変わっていくようすが誠実な筆致で描かれており、好感を持って読みました。 丹念である点は評価できるのですが、全体としてレポートのような印象を受けます。これといった出来事がないせいもありますし、主人公の内面の描き方が足りていないせいかもしれません。推定するに、主人公の両親は60歳前後で事故死したと考えられますが、両親への思いはほとんど書かれず、家への不満が繰り返されるのは不自然に感じます。また、「発達障害」という言葉の使い方がやや粗いと感じます。「トラウマ」という言葉とともに、もう少し慎重に使ってほしいと思います。 『私、最初からわかってましたよ』 若いエリート女性刑事(警部)を主人公にした、短編連作ミステリ風小説。起きる事件が派手だったり猟奇的だったりしてエンタメ度が高く、上杉という同僚刑事以外の登場人物がみんな下衆である点もユニークです。 しかし、全体の構成ができていません。1話目が全体の半分くらいを占め、2話目・3話目は何のために置かれているのかわからない。4話目は、これだけでも全体を構成すべき内容なのに、主人公の都合のいいように片がつけられてしまいます。ミステリという点からも、読者に情報を与えず、全能な主人公が種明かしをするというのはフェアではありません。面白い話を作る力のある方なので、物語の構成を意識してもらえたらと思います。 《審査員》 鈴村 ふみ(すずむら ふみ) 小説家。2020年小説すばる新人賞受賞。 武田 信明(たけだ のぶあき) 島根大学法文学部教授 松本 薫(まつもと かおる) 小説家。『日南X』『TATARA』ほか。 ご応募いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。 *募集要項や途中経過など、詳細は コチラ よりご確認いただけます。 過去の小さな今井大賞の受賞作品はコチラ 第3回小さな今井大賞 第2回小さな今井大賞 第1回小さな今井大賞 2024年9月20日 BACK 〒683-0063 鳥取県米子市法勝寺町64 info@chiisanaimai.jp Tel.0859-21-2775 Fax.0859-21-2774 営業時間 10:00~18:00 お問い合わせ
*
*
*
第4回小さな今井大賞は、応募資格を日本国内にお住まいの方とし、
鳥取県・島根県以外にお住まいの方には「山陰ゆかりの地域や文化を取り入れた作品」とテーマを設けました。
9月3日(火)に審査会を行い、厳正なる審査の結果、下記のとおり受賞作品を選定いたしました。
大賞受賞者は作品の書籍化、電子書籍化と賞金10万円の贈呈、優秀賞受賞者は作品のオンデマンド書籍化、電子書籍化されます。
力作をご応募くださったみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。
INDEX
○ 《受賞作品》
○ 《最終候補作品》
○ 《審査員 講評》
○ 《審査員》
《受賞作品》
【大賞】
『秋休み』
福本 肇
【あらすじ】
これは僕らの「ひと秋」の物語。ある晩、⽬を覚ました⼤学⽣の僕。突然、過去の記憶がフラッシュバックする。それは、⾼校三年⽣の秋休みに、友⼈三⼈で⿃取砂丘に⾏った⽇のこと。⿃取砂丘に⾏って帰る。その何気ない⼩旅⾏から、三⼈は「これからをどう⽣きるか」を考えだす――。(応募時の作品概要から抜粋)
【優秀賞】
『北の石の座 南の森』
矢島 浩三
【あらすじ】
⽗の急逝を受け果実酒⼯場とレストランの経営、⼭々の管理を継ぐことになった「私」は、ある⽇⼩⿅から謎の⾔葉をかけられる。その⾔葉に導かれるように、何もないと思っていた「私」の⼈⽣が少しずつ変わり始めていく。過去と現在、うつろいとうつつ、聖域と俗世間との間で、奇跡のようなひと⽉をめぐるシーク・アンド・ファインドの物語。(応募時の作品概要から抜粋)
《最終候補作品》
※五十音順、敬称略
《審査員 講評》
※五十音順
鈴村 ふみ
『秋休み』
大仰な表現や馬鹿げた会話が続くので、最初は正直、困惑してしまいました。ですがこれは、“高校三年生という濃密で限られた時間を、当時のままの鮮度で記録していく作品”なのだと気づいてからは、この「中二病」ならぬ「高三病」とも言うべき回りくどさに、唯一無二の輝きと重みが宿ってみえました。
物語の設定上、人が亡くなるような物語も少なくないのですが、「死」を単なるスイッチとして扱わず、最後まで「どう生きるか」を描いていた点にも誠実さを感じたので、大賞に推しました。
それでもなお、冗長なのは否めなかったり、砂丘で青年と出会ったエピソードがあまり生きていなかったりと、気になる点もいくつかありました。
『北の石の座 南の森』
物語を構築しようという意思が明確に感じられて、五作中もっとも安定感のある作品でした。特に冒頭、小鹿から啓示を受ける場面は、「これからどう展開するのだろう」とわくわくしました。
が、期待が大きかった分、後半はどうしても粗さが目につきました。(意図的にそうしたのかもしれませんが)主人公があまりにも他力本願的すぎるし、終盤の展開もかなり無理があるように感じました。工場建設の話をもっと早い段階で出して、「私」の行動や心情の変化を細やかに描いていたら、あのラストにも多少、説得力を持たせられたのではないかと思います。
とはいえ注文が増えてしまうのも、二年連続で候補になるほどの実力があるからこそ。昨年はやや過剰だった風景描写が、ちょうどよい塩梅になっていた点も評価したいです。
『落葉樹』
「家を相続するためしぶしぶ田舎に越してきた主人公が、周りの人々との交流を通じて、その土地への愛着を深めていく」というあらすじは、ありがちと言えばありがちなのですが、だからこそ安心して読める、ほのぼのとしたお話でした。ただ、地の文が終始説明的で、小説というよりシナリオっぽくなっていたのが残念でした。
また、発達障害の扱いも軽く、そうした問題に敏感であるはずの先生が「この子には障害がある」と、簡単に言ってしまうことにも違和感を覚えました。
『玉手箱の暗号』
邪馬台国の謎を絡めたミステリーという試みは面白いのですが、解説部分(しかもそれがほぼ会話だけで済まされる)が長すぎて、小説そのものがおろそかになっていた点が、非常にもったいなかったです。
「コテコテの関西弁を話し、教祖のように振る舞う女子高生」というヒロインの造形には光るものがあったので、どんな物語を見せたいかを今一度、整理してほしいと思います。
『私、最初からわかってましたよ』
設定に既視感はあるものの、文章のテンポがよく、予想を次々と裏切る展開が小気味よい。エンタメとして、一定の水準を満たしている作品だと思います。
ただ、各話がぶつ切りで進んでいくので、まるで何巻も続くシリーズものを歯抜けで読んでいるかのような印象を受けました。過激な場面や表現も多く、強く推すことはできなかったのですが、これだけのインパクトを残せるのは大きな武器なので、ぜひ今後も書き続けてください。
武田 信明
『秋休み』
小説にとって最も基本であり最も重要な要素であるのは「文章」なのですが、本作の書き手は水準以上の文章力を有しており、それによって作品を安心して最後まで読み進めることができました。高校生3人の小旅行という、たいした事件も起こらない展開が最後まで持続できているのも、文章力の賜物であると類推できます。また3人の会話も見事に書けています。良質のロードムービーを見ているような感がありますが、そのような作品を書くのは難しいのです。見事です。
一方で、その文章力の高さゆえに、時折文章の密度が濃くなってしまう部分が散見され、かえって作品を損ねることになっています。冒頭部などがそれですが、一人称主体の内面描写において顕著となります。そのような箇所は「文学」もしくは「小説」が意識されすぎているのだろうと思います。また本作は、かつての旅行を回想するという設定なのですが、現在時はいつで、その時過去を回想する主体はどうなのかが気になりました。
『北の石の座 南の森』
この作品も、何より文章がしっかりしており、さらにその文体が作品内容と合致している点が素晴らしいでしょう。また本作は、森という空間が眼目なのですが、その空間設定が面白く、併せて、描写力があるので、空間が充分描写されている点もよろしい。そして何より、途中で導入される「馬」のエピソードが秀逸です。個人的にはこのような逸話が書けたということだけで賞に値すると考えます。
最大の欠点は、SNSによって森が守られることになったという結末です。おそらく物語には「ストーリー」があり、明確な「結末」がなければならないという意識があるのでしょう。それは間違いではないですが、それを意識しすぎているのでないかと類推されます。一定の文章力を持ち、秀逸な断片を書く感性を持ち合わせいるのですから、あらためて構成に関する意識を再考されてみたらいかがでしょうか。
松本 薫
『秋休み』
高校3年の「秋休み」に同級生3人で鳥取砂丘へ行った思い出が、文学作品のさわりや、「どう生きるか」「なぜ勉強するのか」といったことについての思念を交えながら語られます。文章が上手で読みやすく、抒情性と適度なユーモアがあります。旅行中にこれといったことは起きませんが、多感な時期を生きる主人公たちの姿が鳥取砂丘の情景と重なって、瑞々しい青春小説になっていると思います。廃工場探検の記憶や、鳥取砂丘の描写はすぐれていました。
ただ冒頭の内面描写は、必要以上に濃密かつ「文学」的で、本編との対応がうまくいっていないように感じます。また、語りの現在時がいつなのかはっきりせず、主人公の「会いたい人」が誰なのかも今一つはっきりしないのはモヤモヤが残ります。
『北の石の座 南の森』
主人公の「私」は、急逝した父から受け継いだ果実酒酒造場とレストランを経営していく中で、先祖伝来の土地にまつわる秘密を知って愛着を強くしていきます。奥出雲の架空の場所が舞台となっているようですが、土地の描写がよく、土壌の話や松江藩の軍馬育成に関するエピソードは面白いと思いました。改行の少ないのが特徴ですが、こなれた文章で読む者を惹きつける力を持っています。
しかし、物語の後半で水工場建設問題がぽっと出てきて、それがSNSによって解決するというのは安直と言わざるを得ません。冒頭の小鹿が喋るのは、ファンタジーの仕掛けとして生きていると思いますが、カラスや杉の大木までもが喋り出すのは、かえって物語の世界観を損ねているのではと感じました。
『玉手箱の暗号』
考古学研究所の所長が何者かに襲われ、目撃者であった女子高校生が新聞記者とともに謎を追います。邪馬台国はフィリピンであったという説は、文献に沿った謎解きがスリリングで面白く読みました。主人公の女子高校生が魅力的なキャラクターで、ラストの犯人との対決シーンは読み応えがありました。「興梠」という学者もユニークでよかったです。
ただ参考文献に上げられているように、「邪馬台国フィリピン説」にはネタ本があり、この作品はそれに頼り過ぎていると思いました。また地の文が極端に少なく、会話で構成されている点も、小説としては割り引かざるを得ません。小説の魅力は、まず地の文章にあります。
『落葉樹』
寂れた温泉町に移り住んできた主人公の女性が、嫌いだった古家に愛着を感じ、この町に住み続けようと決心するまでが書かれています。石が好きな少年との出会い、教員採用試験へのチャレンジ、夏祭りや台風など、季節の移ろいとともに主人公の気持ちが変わっていくようすが誠実な筆致で描かれており、好感を持って読みました。
丹念である点は評価できるのですが、全体としてレポートのような印象を受けます。これといった出来事がないせいもありますし、主人公の内面の描き方が足りていないせいかもしれません。推定するに、主人公の両親は60歳前後で事故死したと考えられますが、両親への思いはほとんど書かれず、家への不満が繰り返されるのは不自然に感じます。また、「発達障害」という言葉の使い方がやや粗いと感じます。「トラウマ」という言葉とともに、もう少し慎重に使ってほしいと思います。
『私、最初からわかってましたよ』
若いエリート女性刑事(警部)を主人公にした、短編連作ミステリ風小説。起きる事件が派手だったり猟奇的だったりしてエンタメ度が高く、上杉という同僚刑事以外の登場人物がみんな下衆である点もユニークです。
しかし、全体の構成ができていません。1話目が全体の半分くらいを占め、2話目・3話目は何のために置かれているのかわからない。4話目は、これだけでも全体を構成すべき内容なのに、主人公の都合のいいように片がつけられてしまいます。ミステリという点からも、読者に情報を与えず、全能な主人公が種明かしをするというのはフェアではありません。面白い話を作る力のある方なので、物語の構成を意識してもらえたらと思います。
《審査員》
鈴村 ふみ(すずむら ふみ)
小説家。2020年小説すばる新人賞受賞。
武田 信明(たけだ のぶあき)
島根大学法文学部教授
松本 薫(まつもと かおる)
小説家。『日南X』『TATARA』ほか。
ご応募いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。
*募集要項や途中経過など、詳細は コチラ よりご確認いただけます。
過去の小さな今井大賞の受賞作品はコチラ